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肉と添加物は想像以上に恐ろしかった
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家畜が許される人間の脳
幼い頃から私たちは牛や豚、鶏は食べるために殺されていることは知っている。
成長に必要だからと教えられてきたのだから何の疑いもなく摂取する。
小さい頃は良いか悪いかの判断ができず、家庭や世間一般に行われていることに適応して生きていく。
子どもが肉はいらないといってもそんな話が通用する家庭などないだろう。
私たちは家畜に対する思いを、知らずと親や世間に死滅させられ大人になるのかもしれない。

想像してみてください。もし動物園に豚を見に行ったとします。人に懐き、芸もする賢い豚です。
そこでいきなりその豚を殺し始めたらあなたはどうしますか?もう抗議して止めますよね?
でも、これは家畜ですと言われたらその現実を承諾して、だまってしまうのでしょうか。
人間の脳って不思議ですね。自分の感情だけを大事に受け止め生きていくことが困難です。
色んな情報によって少なからず洗脳され生きている。自分本来の気持ちを取り戻してみてください。
そしたら心が晴々しスッキリするかもしれません。

動物は人間の欲深さにあきれ果てて見ているに違いない。
そして、家畜にされる動物は人間に憎しみを抱き、怯えきっているに違いない。

でも、ワシらを助けてくれる人間がどこかに居てると信じる気持ちも忘れていないに違いない。


私自身、動物がこんなにも人間に近い感情を持っているということが最近になって良く分かるようになった。
それなのに「家畜」は例外だったようだ。
「私一人が肉を止めたからって世間から肉がなくなるなんてことはまずないのだから、考えても仕方のないこと。
だから、美味しく食べてしまう人生の方が良いと大多数派に紛れ込んでヌクヌクと知らん顔をしていた。」
これが今までの私の家畜に対しての本当のところの想いにあったように感じる。
家畜を可愛そうに思うのは嘘ではない。でも、食という欲望を捨てれなかったのだ。
動物を大量生産して薬漬けして売る人間も家畜を可愛そうだと全く思わない訳でもないだろう。
しかし、儲けという欲望は捨てれない。
この二つの欲望が合わさり、許されない現実が当たり前に行われているということ。
地球環境のために儲けを捨てることは、まずないが食という欲望はその事実を知れば捨てることが可能な欲望だということ。

家畜という言葉はただの区分けにしか過ぎないのに何とも人間の都合の良い言葉なのか・・・




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テーマ:食べ物 - ジャンル:ライフ



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